常盤台散策コース
常盤台散策コース
川越街道の宿場町として栄え、鎮守や道中安寧を目的とした「社」が数多く残るエリアです。
中板橋駅⇔上板橋駅 6.0km
東武東上線 中板橋駅
↓(6分)
1 専称院
仲町44-1
↓(3分)
2 轡神社
江戸時代に轡権現と呼ばれていました。名前の由来については、徳川家康が領国をめぐった際にこの地で馬の疲れを休め、後に残された「くつわ」を祀ったからとも、馬蹄を祀ったからとも言われています。子どもの守り神で、特に百日咳などに霊験のある神として信仰を集めています。
↓(6分)
3 大山福地蔵
約200年前の文化・文政の頃、川越街道(日大病院入口交差点付近)にお福という行者が来て、街道筋の人々の難病苦業を癒し、大山周辺の人々に慕われていました。大山に住み余生を衆生に尽くしたため、地元大山の人にお福地蔵として祀られています。
↓(9分)
4 豊敬稲荷神社
弥生町12
↓(6分)
5 下頭橋と六蔵祠
下頭橋の名前の由来は諸説あります。一つ目は、旅僧が地に突き刺した榎の杖が、大木に成長した“逆さの榎”があったから。二つ目は、川越城主が江戸に出入りする際、江戸屋敷の家臣がここまで来て頭を下げて見送り出迎えたから。三つ目は、橋のたもとで旅人から喜捨を受けていた六蔵という人物のお金をもとに石橋が架け替えられたからというものです。六蔵祠はこの六蔵の遺徳を讃えて建てられたもので、渋沢栄一が贈ったとされる「木簡」が置かれています。
↓(6分)
6 長命寺
真言宗豊山派、東光山医王院長命寺と号し、御本尊は薬師如来。1652年の過去帳があるところから、その頃の開山創建と思われます。無住の荒れ寺のときもあったようです。現在の本堂は、1782年に改装した記録があり、1919年と1963年には改造大修理が行われました。
↓(9分)
7 南常盤台天祖神社
御祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)。創建年代は不詳。江戸時代には神明社と称し、旧上板橋村の鎮守となりました。明治6年に天祖神社と改称し、今日に至ります。境内の狛犬の台座にある円形の傷は、昭和20年6月10日の空襲による爆弾の破片による被弾の跡です。
↓(3分)
8 平安地蔵
1945年6月10日におきた南常盤台・東新町一帯への空襲では、死者270名以上、負傷者155名、2467名の罹災者を出しました。当地蔵は、亡くなった方々の冥福と恒久平和を願い、1948年に地元の人々により建てられたものです。
↓(9分)
9 氷川神社
創建年代は不詳ですが、現在の本殿は嘉永5年(1852)に改築されました。また江戸時代の石灯籠や奉納額があります。境内の郷土資料館は、旧上板橋村の農機具や生活用品、生産用具など1000点余を所蔵し、都市化される前の地域の生活を知ることができる貴重な文化財となっています(見学は要事前連絡)。
↓(3分)
10 旧上板橋村役場跡地
1889年の町村制施行により上板橋村が成立。村役場は当初安養院内に置かれましたが、1927年に当地に役場を新築、移転しました。1932年10月の板橋区成立まで上板橋村の行政を担いました。当時の門柱が現存しています。
↓すぐ
11 安養院
真言宗豊山派の寺院。北条時頼が創建したという寺伝が残っています。境内の鐘楼に掛かる銅鐘は、昭和18年(1943)に旧文部省より重要美術品の認定を受けたため、戦時中の供出を免れました。庫裡は、旧前橋藩松平家の本邸を昭和4年(1929)に移築したものです。なお、ここには板橋七福神の弁財天が祀られています。
↓(12分)
12 茂呂遺跡
1951年3月、「オセド山」と呼ばれる丘陵を通る道路の断面で、石器などが発見され、同年7月に発掘調査が実施されました。この調査で出土したナイフ形石器は、非常に特徴的な形態をしていることから、「茂呂型ナイフ形石器」と名付けられています。遺跡は現在、東京都の公園用地となっていますが、樹林保護のため立ち入ることはできません。
↓(6分)
13 御嶽神社
創建年代は不詳。倭建命(やまとたけるのみこと)などを祀っています。境内にある御神獣の狛犬は、山の神の眷属である狼(山犬)型をしており、当時の山岳信仰を伝えています。区内では当社のみで確認されるものです。
↓(3分)
14 桜川街道
桜川(練馬区では田柄川と呼ばれる)を暗渠化し、整備した緑道です。多くの樹木が植えられており、地域の憩いの場となっています。
↓(3分)
15 五本けやき
昭和初期の川越街道の拡幅工事の際、旧上板橋村村長であった飯島彌十郎が屋敷林の一部のけやきを残すことを条件に土地を提供しました。こうして残された屋敷林が5本残り、「五本けやき」とよばれるようになりました。その後、枯死した2本を植え替え、今では地域のランドマークとなっています。
↓(3分)
16 子育て地蔵
当地に祀られている二体の地蔵は「子育て地蔵」と呼ばれ、商店街を中心に広く親しまれています。向かって左の地蔵は1777年に、右側の地蔵は1778年に造立されたものです。これらの地蔵は他の場所に建っていたものをこの地に安置しました。
↓ (3分)
東武東上線 上板橋駅
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